「目次」
3.鑑定の判断基準
(1)一般法則鑑定基準
(2)齋藤法則鑑定基準
ア.指紋照合「合致」基準
イ.指紋照合「合致状態」基準
ウ.矛盾点の検討
エ.最終決定
4.判断基準に対する確率論的推理
(1)特徴点の決定
(2)複合現象の生起確率
5.不合致鑑定基準
(1)不合致鑑定基準の必要性
(2)不合致鑑定基準3点法則
指紋鑑定の課題は、「合致の有無」「遺留確度の吟味」「指紋不存在」の3つがあります。
指紋鑑定を実施するにあたっては、この3つが常に同時に求められています。
そのため、鑑定基準も、合致したから犯人だ、という「合致基準」と、合致しないから別人だ、という「不合致基準」の2つがあります。
この2つの基準から導き出される指紋鑑定結果は大きく分けて鑑定可能と鑑定不能に分けられ、このうち鑑定可能は3つあり、
①合致(同一人)
②合致状態(準同一人)
③不合致(別人)
となります。
①から③の結果が得られることを鑑定の利益(役に立つこと)といいますが、その利益は、事件の背景など鑑定環境によって「合致の証明」か「不合致の証明」に変わっていきます。
以下、これらの推移を述べます。
指紋を照合する鑑定方法には、特徴点鑑定、隆線縁鑑定、汗腺口鑑定の3つがあります。
しかし、現実に世界で実施されているのは特徴点鑑定がほとんどです。
隆線縁鑑定は、今後、偽造指紋の鑑定には欠かせないものとなります。
汗腺口鑑定は、知ってはいるが実例がありません。
その特徴点鑑定の手法としては、相互比較による合致特徴点指摘法が採用されています。
一般にドラマ等では、指紋同士を重ね合わせる、重合法による鑑定が見られますが、現実にはこの重合法は実施されていません。
その理由は、指の表面は柔らかいため、押圧力の加減、方向によって伸縮するし、子供時代と大人では大きさも異なるので重ね合わせてぴったり一致するとは限らないからです。
むしろ、ぴったり一致した時は、偽造指紋の疑いを持って検討する必要があります。
しかし、全体の目安をとるために、照合の補助手段として用いることはあります。
合致特徴点指適法とは、1個の指紋の中に有する約100~120点の特徴点をそれぞれ相互に比較し、合致する特徴点を積み重ねることによって識別する方法です。
特徴点とは、皮膚紋理を形成している突起状の隆線が点、短線、結合、分岐、終止、開始及び曲折する個所を捕らえたものです。
その捕らえる1点の固定には、他の2点から方向、距離及び特徴点間の介在隆線数等の計測をした、いわゆるリレーションを検査した結果の一致をもって行なっています。
その3点で形成する仮想三角形が合同ないし相似となった特徴点を加えて行くことによって、合致状態の心証を得ます。
更に、各点間のリレーションを総合的に見て矛盾点の有無、顕著な価値のある特徴点の存在及びすう勢の確認、観察して結論に至るものです。
尚、これらの異同識別鑑定は、当初4倍大の拡大鏡を用いて行ないます。
次に、第2段階として合致決定や決定に至らない類似の指紋等がある場合には、拡大して見やすくしてから照合、検討し、最終的な結論を出します。
指紋鑑定において「同一性を証示するためには、どの位の一致した特徴点が必要なのか」という問題があります。
この点については、世界各国でも、法律的な規則がなく、また裁判上の取り決めもなく、したがって大部分が指紋実務家たちの手による経験則によって一応12点あれば十分であるとしています。
しかしながら、指紋が明瞭でかつ、発現頻度が少ない、顕著な特徴点を有していれば、12点未満でも証示できるという意見があります。
かつて、これらの統一を図ろうとして国際刑事警察委員会では、人種、性別に関係なく、指紋鑑定について、国際的原則の基準を策定しようとした経緯がありましたが、未だ、世界的に確定的な規範が成立するに至っていないのが現状です。
このような過程を経て、警察庁は、昭和54(1979)年12月、公的な立場からは不文律ながらも「皮膚紋理鑑定基準12点法則」を設け「二つの指紋を合致と判断するには12点の特徴点を指摘する必要がある。」とし、附帯事項として「矛盾点がないこと」を目安に運用しているのが現実です。
皮膚紋理とは、指紋、掌紋、足紋の総称をいいます。
ここで問題となるのが、「12点法則」の理論的根拠です。
現在、この根拠とされているのには二つあります。
一つは、経験則です。「1点の合致の価値は、10分の1に等しい」という経験則に基き、12点合致することは「10分の12乗=約1兆分の1」の確立である、という説だと聞いています。
だが、ここの「10分の1」は経験則の意見であって根拠がないのです。
このように、指紋鑑定は、まだ、鑑定人の経験則によって委ねられている部分が多くあるのです。
それ以前は、8点から12点の幅を持たせた基準であり、鑑定官の裁量に委ねられた時代でありました。
二つ目は、警察庁保管指紋原紙による統計的な手法による算出です。
警察庁が確立したコンピュータ活用の指紋自動識別システム(旧システム)に保管する100万指を使い、合致特徴点を重ねていくにしたがって減少する数値を捉え、その数値から大学の数学者に依頼して数式化し、その理論的数値によって「12点」あれば、絶対に世界の人口を上回るものである、との統計上の理論的根拠によっています。
ちなみに、主な外国の例を見ると・スイス12点・フランス17点・アメリカ12点・イギリス16点・ドイツ12点などとなっていますが、12点法則を採用している国が最も多いのも事実です。
しかし、2004年になって「アメリカでは6箇所以上の類似点が確認されれば同一人とみなされる。」とする著書が出版されました。
(2004.06.05・JFK暗殺40年目の衝撃の証言・原書房)
しかし、齋藤法則は、この「12点法則」を考慮しつつも独自の確率論を提唱して「12点法則」を執っておりません。
指紋の合致は、一つひとつを積み重ねて照合していくのですが、下記の理論により、もっと低い合致数でも一致鑑定に至るとして実践しています。
このように考えるに至った動機は、裁判所や検察官が警察の教養講座等で「12点未満の指紋については、もっと有効活用がないものだろうか。」との要望が出されていることや、現実に12点未満合致の取り扱いがなされていることです。
ここから端を発し、“最終的に有効の評価を受けるものは、その過程も有効の評価を受ける”ものだという道理にしたがって下記の判断基準を生み出し、その結果、「合致」は、7点から12点とした基準を設けたものです。
このように幅を持たせた理由は、一応、特徴点が指摘できれば、警察庁鑑定基準や世界各国の鑑定基準をクリアしておくのが、誰でも納得しやすいからです。
そもそも「鑑定書」は、他人が読むものであり、そして納得しなければ意味がないということです。
なお、前記の著書は「ちなみにアメリカでは、6点以上の類似点が確認されれば、容疑者は電気椅子送りとなるという。」(263P)と掲載しており、その根拠はいずれにしても結果として齋藤法則の合致基準を1点上回った基準となっています。
人権や債権債務を左右する事実認定の重要性に照らすと、これは単なる偶然ではなく、ここに必然性がうかがえます。
7点未満の合致決定に至らない合致数の時は、「合致状態」として位置づけています。
ちなみに、あえて警察庁鑑定基準に照らすならば、12点未満の合致決定に至らない合致数の時が該当します。
「合致状態」とは、現在は合致と決定するには至っていないが、少なくとも両者に合致する特徴点が事実上存在し、このまま十分な鑑定エリアないし、鮮明な原本が確保できたならば合致決定に至るであろう途中の段階の状態をいいます。
すなわち、後述の確率論的推理に基づいて考えれば、個人識別の目的から見て世界の人口に満たない確率の特徴点指摘数の段階に該当し、特徴点指摘数3点から6点がこれに当たります。
これを設けられる意義は、前述した「最終が有効評価されるものは、その過程も有効評価される」に基づきます。
この点につき、警察庁は、合致状態指紋について、「一致鑑定に至らない指紋の利用要領について」として、一定の条件の基に利用できる旨通達(S55.5.31)しているところですが、これは、正式な文書の発行をしないで口頭による参考通達という変則的な取り扱いになっています。
すなわち、警察庁鑑定基準は、結果として鑑定可能結果の3つのパターン(合致・合致状態・不合致)のうちの1つである「合致状態」という鑑定可能エリアを正式鑑定手続きから除外させておきながら、都合の良い場面だけ事実上の事実認定ないし証拠運用させているという矛盾した取り扱いをしています。
しかし、証拠運用する以上は形式に関係なくすべて「正式」になります。
そんなおり、「合致状態指紋」は、窃盗罪誤認逮捕に伴う国家賠償請求訴訟において、事実認定の一つとして、平成19年6月27日名古屋高等裁判所は、「合理的に推認される指紋が他の作業部位から検出されていること」として、はじめて12点未満の指紋合致の効果を公的に認めました。
指紋鑑定では、皮膚紋理鑑定基準12点法則で「矛盾がないこと」を附帯事項として設けているとおり、矛盾点が存在していれば当然合致判定にはなりません。
「12点法則」による合致が得られたからといっても、誰も確認したことがない非常に確かな推論に過ぎないからです。
難解なのは、指紋は、柔らかい指の表面についていますから指紋が印象されるたびに微妙な変形を余儀なくされるため矛盾点と非常に紛らわしいことです。
そのため、合致するものばかり指摘するのではなく、類似点、矛盾点の見極めが大切になってきます。
最終的な結論は、上記の合致個数や下記の確率ばかりではなく、ここに、他と顕著に区別できる価値ある特徴点の存在及び矛盾点の合理的な解明などが考慮されて最終的な決定となるものです。
次に、今後考慮しなければならない分野が「偽造指紋」です。
コンピュータ導入による個人認証システムは、セキュリティーなど日常的になってきていますが、既に、特徴点の数から質が問われてくる時代に入っています。
そこで威力を発揮するのが「隆線縁鑑定」で、これからは、複合鑑定方法による綿密で立体的な観察が求められてきます。
世の中の現象や判断には、常に誤差が伴うから、この誤差を処理しないと正確性には近づかないものです。
これを処理するのが確率論です。
この判断について「理論的な推論について大切なことは、それが真だというのではなく、妥当だということです。
理論的結論は正しくは、正しい、大丈夫、正確という形容詞に値しましょう。」といわれています。
(やさしい確率論・レィディ・ラック物語、ウァーレン・ウィーヴァー・秋月康夫/渡辺寿夫訳)
相互比較対照による指紋鑑定において、もっとも大切なことは、一点の特徴点の決定です。
指紋1個の中に存在する特徴点の数は、約100~120点あります。
ここでは少なくみて100点として進めます。
指紋鑑定の性質をみると、指紋像の転写したものを対象としていますから成分鑑定と異なり、間接的な形状鑑定であることは明らかです。
この形状は、平面上に存在するから、異同識別に用いる任意の特徴点は、2点計測によって特定されます。
すなわち、A点を合致特徴点とするには、B点とC点によって計測しなければならず、同時にB点はA点とC点によって、また、C点はA点とB点によって決定されますから、最低限3点は絶対的に必要となります。
次に、4点目は、他の3点から吟味され、5点目は、他の4点から吟味され、12点目は11点目から吟味され、このように、順次決定されていく特徴点は、その都度決定済みの特徴点から個別に吟味されてゆくので、類似の特徴点は自ら淘汰されていきます。
そして、同一指紋像の中で独立した単事象3点が関連しながら同時に生起しています。
これを「複合現象」といいます。
このように、ここで大切なのは、合致点が1点ずつ加えられていくことは各段階での評価が全部異なり、最終的に12点に到達して「断定」の評価で終結します。
指紋の合致確率を推移するには、順次2点方式で合致特徴点を追加して特徴点群を特定し、その複合現象の生起確率を求め、その確率が現在地球上に存在する人口より減少すれば、この合致特徴点複合現象は、万人不同の原則に照らして他に存在しないこととなります。
このようにして、指紋像の中の約100点の特徴点n個から形成される任意の特徴点r個を選んだ組合せ生起確率をみると、その順序には問題ないから、これを求める一般公式は、次のようになります。
※《n !》とは、nの階乗(ファクト)といい、(n - 1) (n - 2) (n - 3)・・・×3×2×1をいう。
※ Cとは、Combinationの頭文字
※ この計算式は、1997年(平成9年)東京書籍高等学校数学科用2年生「新編・数学Ⅰ」にある。
※ これを簡単に説明すると、次のようになります。
基本は、最低限3点が必要なため、3点から始まります。
3箇所のうち任意に選んだ3点の組み合わせは、1通りであることは明らかです。
では、4箇所のうち任意に選んだ3点の組み合わせは、何通りか、これが5箇所、6箇所と増えていって100箇所のうち3点の組み合わせは、何通りか、を見ると次にようになります。
すなわち、100箇所のうち任意の3点を選んだ時の生起確率は、16万1,700分の1です。
では、100箇所のうち任意の3点を1点ずつ増やしていって各特徴点指摘数12点までの生起確率を見ると、次のようになります。
したがって、この確立から見る限り、世界の人口を約75億人とすると、合致特徴点は7点あれば160億分の1となり、「万人不同の原則」と同時に考えると確率論的には十分であります。
齋藤法則の理論的根拠はここにあります。
そして、「合致状態」は、6点までは合致に至る通過点としての事実状態を活用しているものであって、「合致」と「合致状態」は同類項なのです。
なお、警察庁のいう「12点法則」も、一度に発生するのではなく、3点から12点まで順次発生するもので、必ず合致状態を通過しなければなりませんから、この「合致状態を」含んでいます。
指紋の「合致」と「不合致」は、万人不同の原則によって一方が合致すれば他方は絶対に合致しません。
これを排反事象といいます。
例えば、ここに絶対犯人に間違いがない指紋や借用書の指印が1個あるとします。
そこへ疑われている人がいた時、合致しないということは、犯人ではないし、債務がないことを証明してくれます。
これは、排反事象の典型です。
この時の判断基準は何点必要か、という問題です。
このように、実務では、犯人や当人に間違いがない指紋があるときは、合致ばかりが鑑定ではなく、指紋が合致しない利益を必要とする場面があります。
しかし、現在の鑑定基準では、12点未満は必然的に「鑑定不能」又は「対照不能」になったり、保管対象になっていないから廃棄される運命にさらされたりしています。
現在の鑑定基準では、これが明確に示されていません。
【参考サイト】
債務についてはこちらも参考にしてみて下さい|債務急済
そこで、当職は、「不合致」と断定する為には、最低3箇所の矛盾点があれば別個の指紋であると断定しています。
一般的には、「矛盾点が無いこと」が附帯条件にもなっていますから、1点が合致しなければ合致とはいえません。
「万人不同の原則」も、「12点法則」も、所詮は誰も確かめたことがない「非常に確かな推論」に過ぎないからです。
しかし、この1点の平面状の位置特定を証明する為には、2点計測にしたがって2箇所の特徴が必要ですから、合計3箇所が必要になってきます。
ちなみに2003年(平成14年)3月12日名古屋地方裁判所で判決があった窃盗否認事件では、検察官が、被告人と別人であることを立証するために「4点」しか指摘できない指紋を「別人である」として証拠提出しているので、実例として4点以上は必要無い、との基準値となるものです。
この意味するところは、12点未満でも鑑定の利益がある、すなわち、指紋照合、鑑定可能であることを実践し、必ずしも12点指摘できないからといって「鑑定不能」「対照不能」ではないことを示していることです。
(参考文献:2007年齋藤鑑識証明研究所資料より)
【参考情報】
指紋を採取する方法|指紋採取できるものとできないもの
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